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プロフィール

堀内 綾

Author:堀内 綾
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第44期生476番
関西・東地区

NN:トドちゃんとかドラえもんとか(笑)
所属:西京運輸株式会社・スポルト十三店
スポンサー契約:株式会社スポルト
メーカー契約:HI-SPORTS
FC:WAVE34(うぇーぶさーてぃーふぉー)・スポルト十三店
誕生日:1月18日(山羊座)
血液型:Bによく間違われる…(==)ZZZ
出身地:兵庫県出身、大阪5年間を経て現在は京都府にいます!

一般会社に勤めながらプロボウラーさせていただいております~*^ω^*
これからどうぞよろしくおねがいいたしまする>v<






チャンジマッチ&大会情報☆

コロナの影響で未確定情報が過多のためこちらには掲載いたしません。ブログカテゴリー【予定】で月初めに掲載したものをご参照ください。
※変更になっている場合もあります。

ボウリングしだして初めての何もないお盆休み
カテゴリ: ブログ

お盆はすこし出先へいかせてもらってました。
ボウリングを始めてから初めての何もないゆっくりしたお盆休みでした!

まぁ体調が万全なわけではなく
美味しいものも食べれたり食べれなかったり
謎にお腹すきすぎてカラリバースしてしまったりと
常には悠々したものではありませんでしたが(笑)

ゆっくり休ませてもらったし、美味しいとりたて鮎やそばを食べさせてもらったりしてと
貴重な時間を過ごさせてもらいました。




思えばボウリングを始める小学五年生までは
まだまだおばあちゃん家にとまりにいくという事自体が理由もなくうれしい時期で
いくら怒られても休みになればそれを必ずする、という習慣でした。
それがボウリングを始めてからは
おばあちゃん家に行っていても練習にいったり
そうこうしている間に
長期休暇もコンペやらなんやらで顔出すのも一日だけになったりしたりして。

いま思えば最初の頃、おばあちゃんがボウリングに賛成できなかった心境もわからなくはないなぁと(笑)
寂しかったんだろうなぁって思いました。


私の家系はそんなにお墓参りを強くさせられるものではなかったのでお盆休みといっても特に何をすることもなく、特別なものとも思っていなかったというのもあったんですが。
お墓参り、も当時はまだ血の濃い親族は元気で
お参りさせる対象のかたは
血縁があるかないかわからないくらい遠い人が多くて
そして多分まだいても意味もわからない、且つ、なにも手順のわかっていない私をつれていく必要性を感じなかったのではないかと。
それでなくてもすでにそのために集まった顔の知らない親族と言われる人は十数名に上っていて
狭い土盛のお墓があるようなその土地には。。。


そんなこんなで
なんていうか、人生ではじめてじゃないかと思うゆっくりした、そして賑やかなお盆を過ごしたわけです。

ボウリングをしてなかったらこういうのが毎年行われていたのかな、また別の生活があったのかな、とそんなことを考えながらその場で盛り上がる話を聴いていました。






何かと戦うことっていうのは凄く孤独だし、辛いし、苦しいし。
でもその分喜びや悔しさとか言う平凡ななにもない生活の中ではあじわえないものがあるから続けていける。

でも今こうしてゆったりしている生活をしているなかで、今まで想像できなかったことーー例えばさっきかいたおばあちゃんの気持ちだったりーーや、できなかったことーー今を感じながらゆっくり生活することだったりーーを感じられるようになってよかったなと思う一方
もしこのままボウリングというものがなくなってしまったら、堀内綾という人間の存在価値は一体どこを探せば出てくるんだろうと、漠然とした、でも人間の根幹的な部分が揺らぎそうになる。

何のために生きているのか、と常に考えながら生きてきて
後悔をしないようにいきようと心がけてきたけれど

手をつけようとすることがなければ
後悔することすら出来ないんじゃないかと
そんなことを考えたりする。
生きていることそのものが無意味なんじゃないかと。


あぶらむしなんかをみていて思うことは
何のためにうまれ、何のために命を全うしようとしているのか、何を考えながら生きているのか。
ということ。
食べられるためだけにせっせとなにかをどこかへ運び、なにかを食べ、なにかをうむ。そんな悲しいことがあっていいのかと思う。
でも彼らにはそれでも、『たべられ、自然界の摂理を正しく動かす』という使命は、望んでいなくとも存在するわけで。

じゃあ人間は?その部類に属している自分は一体なんなんだろうと、考えずには居られない。

社会貢献?環境を守る?
そもそも人間がいなければ、という問題ばかりが頭に浮かんでやるせなくなったりもする。


でも私は今こうして生きているので
今を一生懸命生きるために動いていくしかない。




妊娠というものはやはりおめでたいことで。
でもこう考えていると何がおめでたくて、何がそうでないのかということを考えざるを得なくなってしまう。
こんな発言をするだけできっと
子供がかわいそう、だとか
しっかりしろ、だとか
そういう批判がくるんだろうけど

でも実際の話、十ヶ月もの間、そしてそれから先も長い間、ただただ幸せだけを感じ、心に抱き、何の憂いもなく生きていける女性が一体何人いるんだろう。
結果幸せだということはたくさんあると思う。
けれどこうして
やりたいことがあってもできない。
やれるのにさせてもらえない。
やらせてもらえるのに身体がついていかない。
こんな風な、一言で表すならば


孤独


はきっと
当たり前だ、しょうがない、そういうものだ、
そうおもっていてもそうなった本人しかわからないんじゃないかと思う。


私にとって妊娠は
決勝戦でたたかった敗者になったときのような
そんな気持ちだったりする。


決勝戦まで行けたよろこび
あと一歩で頂点にたてなかった悔しさ
応援してくれた人への少しの恩返しと
大きな申し訳ない気持ち。
その全部が入り混ざった複雑な言葉では表せない心。

『負けたけど二位になれてよかったです』
といえば、二位で満足しているのかといわれ
『勝てなくて悔しいです』
といえば、そこまでいけたんだから喜んだらいいじゃんといわれ。

どうしたらいいのかと思う気持ち。


いつだって孤独だ。


でもどんなときだって、
どうなったって、
ずっとずっと支えてくれる人がいる。

私が強くなっても、弱くなっても
すこし距離をおいても、そしてまた戻ってきても。

どうなっても私という人間を支えてくれる人がいる。

だから私はここにいるし、ここでこうして今を過ごせてる。

辛くおもっても、苦しいと感じても
また頑張ろう、そう思える。


ボウリングと出会わなければと
いつだって考えることがある。
でも
ボウリングとであったから
こうして考えることもできている。

イチゴイチエ。
その言葉は私にとってボウリングに対して存在する言葉だなぁと。





色々あって、やっぱり妊娠は隠さなきゃいけないことなんじゃないか、そもそもおめでたいことなんかじゃなくて悪のようなものだったのかもしれない、私の身の上にこんなことがあってはならなかった、人間という生物としては存在してはいけなかったんじゃないかと思っていた矢先
上司が言ってくれた。

『知らないとできないことも、わかっていたら出来ることがあるんだから。だから教えてくれた方がいいんだよ。』

と。
ごくごく普通の事、のような言葉なのに
女性として、生物として起こった事象をそのまま受け取って前にすすんだ言葉をかけてくれた事が嬉しかった。

これから先の事は誰にもわからないけれど
今の私にはすごく必要な言葉だった。


まだまだたくさんの人に迷惑と心配をかけるかもしれないけれど
私は私らしく、今できることを後悔のないように
人間として生きていくために動いていこうと思う。
そしてできるだけ多くの人に祝福してもらえるように努めていきたい。


とにかく今は
貴重な『もしボウリングをしていなかったできていた』だろう体験をして、たくさんのことをしっていきたいなぁと思う。


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Edit / 2018.08.16 / Comment: 6 / TrackBack: 0 / PageTop↑
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